二人の白皇アニメ7話を見て良い感じに当時の感情が刺激されたので、8話が放映される前に何かまとめておこうと思い、うすぼんやりとした記憶だけで感情をダラダラ綴っています。色々間違ってたらごめん!
私はクオンのこと、すごく可愛い女の子だと思って見ているんだけど、二人の白皇をクリアしたばかりの頃はクオンの作中における扱いを上手く飲み込むことが出来なかった。
もう一回読んで、何ヶ月か掛けて、色々考えて言語化してるうちに絡まっていたものが解けてきて、自分の中だと「好きなキャラクター」にようやくおさまったというかんじ。でも扱いに関しては他の何名かのキャラクターと同じくいまだに「ウーン……」てなってる。
他のキャラクターや「ウーン……」てなった部分に関しても、まだネチネチと考えているので、感想とか受け止め方は今後どんどん変わっていくと思う。なにせシリーズがまだ続いてるし……(…)
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結論からいうと「トゥスクルは世襲君主制をやめろ」という話になります。
二人の白皇の原作ラストまでのネタバレが沢山あります。
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クオンというのは前作『散りゆく者への子守唄』の主人公であるハクオロと、所謂サブヒロイン(この言い方もなんだかな…)であるユズハとの間に生まれ、それ以外のレギュラーメンバーみんなに愛され大切に育てられてきた「可愛い娘」であり、前作のヒロイン達に育てられたために彼女らの特徴や特技やらも受け継いでいる、なおかつ『偽りの仮面/二人の白皇』における主人公のハクと恋に落ちる、強くて美しくて賢くて身分の高い「メインヒロイン」として登場したキャラクターです。
この時点で爆盛りすぎるし、詳しい設定を実際に見ても不釣り合いなかんじに爆盛りすぎる。よくばりセット?
『偽りの仮面』は『うたわれるもの』の続編なわけで、今作からシリーズに入るユーザーも勿論いますが、前作のファンに向けて作られている部分が大いにあります。
前作のファンというのは、少なからず主人公ハクオロとその仲間たちに思い入れがあったり、うたわれるものの世界観や雰囲気が好きだった人達だと思う。
まれに「続編の主人公交代が失敗した」というような話を嘆きのニュアンスで耳にするけど、うたわれはそういう意味では成功の部類に入るんじゃないかな。
でもクオンとトゥスクルの扱いに関してはやっぱり厳しいものがあるので大成功ではないな……というかんじ。
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ハクオロは初めてプレイした時から『主人公キャラクター』の中でもかなり好きなキャラクターだったし、アニメ版の解釈というかニュアンスも、人間味の増した『良いお父さん』で良かったと思っています。
ロストフラグ2周年のイベントでソシャゲの主人公であるアクタから見たハクオロが描写された時、改めて「ハクオロさんて素敵だな~~~!!!!!」と思ったんだけど、でも同じ内容でもハクオロ視点で見たら、内心、小ボケの連続だったんじゃないかしらという気がする。
今思うと、私はハクオロのことを殆ど知らないんだよな(だってハクオロさん記憶喪失だったから)
だから子守唄のラストで彼の正体が実は…、となった時にも「そうだったのか……!」と素直に驚き、封印エンドも寂しいけど仕方ない…みたいな納得のいく終わり方だった気がする。
(エルルゥの扱いに関しては言いたいことが山程あるけど本題からちょっと逸れるのでそれはまた別の時に…)
クオンは、そんなハクオロの娘で、初代のプレイヤーから見ても「知ってる奴らの子ども」感がある。
ていうか私には「ゲームのラストでオボロの腕に抱かれていた『ユズハの生きた証』が、こんな大きくなって…!!」という妙な感慨があった(余談だけどフミルィルに対してもそういう遠い親戚のオバチャン的な感情がある)
こういう時、個人差はあれど、どうしても親と子を重ねたり、比較して見てしまうのが人情だと思う。
それが、作中において悪い形で表出しているのに、なんだか意味深でドラマティックでウェットな雰囲気に描写されているせいで、私にはひどく歪に見えるのがトゥスクルのキャラクター達。
二人の白皇の体験版をプレイした時に、トゥスクルのヤバさに具合が悪くなって寝込んだ私ですが、ここらへんも今では「………………仕方ない!!!!」と思えるようになってきました。
良い風に作用した面もきっと沢山あるんだろうけど(※後述)、彼らはクオンの一挙一動に「ハクオロ」と「ユズハ」の面影をしょっちゅう見出しているようで、クオンの、幼くて行き場のない自虐感情すら「大切なヒトたちの忘れ形見が自分を卑下するのは許さない」と、理不尽に封じ込めてしまいます。
最近すごく気になっているのが「なんでクオンが皇のあとを継がなきゃいけないんだ???」ということです。
大切な人たちの忘れ形見に「亡くした存在の面影を見て取るな」というのは、まあ無理。それはわかる。
でも、クオンがトゥスクルの皇にならなきゃいけない理由がイマイチわからない。いやわかるんだけど、だとしたらあまりにもグロテスクすぎるので、認めたくない。
ハクオロは確かにウィツァルネミテアで、アイスマンで、トゥスクルを興した人物で、先代の皇さまだけど、クオンはその子どもというだけじゃん!?何もしてなくない!?
トゥスクル、成り立ちを考えると仕方がないのかもしれないけど、世襲君主制じゃなくする方向に行けばよかったのでは…?とか、別の誰かを代表にする方法は無かったのか…?とか…「ハクオロさん、生きてるうちにもっときちんと考えて決めとけよな〜!!!」という感想になってしまう。
いやでも神様にいつまでも頼り切りなのは良くないですね。
ライコウさまもそう仰っている。
じゃあ、神様の子どもに頼るのは良いのか?
もしもクオンが無事に生まれてなかったら、クオンがなんらかの理由で早死するようなことがあれば、トゥスクルのヒト達はどうするつもりだったんですか…!?
クオンが、子どもの頃から「トゥスクルの皇になる」というのを心からのポジティブ目標にして生きていたとか、エゴで「どうしてもたまに変な力が出ちゃうけど、それでも皇として親のあとを継ぎたい」とか「民の幸せと安定した生活のためにすべてを投げ打つ人身御供になるぞ~!」とか思っていたなら事情は違うんだろうけど、いや、思ってたのかな…?どうなんだろう…。よくわからない。思わされてはいたんだろうな。
でもだとしたら偽りの仮面におけるトゥスクル遠征エピソードがさらに「……………。」というかんじになりませんか!?
クオンがウィツァルネミテアの天子であることは事実そうなんだけど、トゥスクルの次の皇である必要まではなくない…!?トゥスクルという國の在り方がまずどうなんだ…?ということを、とにかく考えてしまう。
中継ぎの皇であるオボロやそれをサポートするベナウィ達などを始めとした有能な文官や武官、人材、きっといるでしょ…!?いないのかな~…。いないのかも…。
ていうか列島は戦乱が長かったし、孤児を引き取って育てている施設なんかも作中に出てくるわけで、そろそろ最初の子ども達が成長して大人になった頃とは思うけど、人材育成はまだ始まったばかりなんだろうな…?(でもインカラ皇時代のケナシコウルペを回してた官僚みたいなのとかはいないのかしら…いないか〜)
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(能力主義もそれはそれで問題が無くはないというのは前提として)ハクオロがウィツァルネミテアの魔法パワーで國を治めていたというなら話は別だけど、恐らく人間の持つ知識や機転の範疇にくわえて旧人類補正によるカリスマぐらいじゃないかな、使っていたの。どうなんだろう。
肉体は仮面の力で強かったと思うけど、クオンも亜人なので体強いしな…。
クオンという、戦太鼓の譜面もなかなか覚えられず、算数ドリルも間違う、アコギで、支配欲が強くて、さらにウィツァルネミテアの発作がいつ起きるかわからない情緒不安定な少女を國のトップに据えようとしてるの、わりと正気の沙汰じゃない気がする。
でもオンカミヤムカイ辺りと共謀して、いつウィツァルネミテアの発作が起きてもすぐに大封印できるよう、近所の『皇』という地位に縛り付けておくため、血筋を枷にしていた可能性も高いんだよな…(それならそれで皇じゃなくても別にいいとは思う…)(どのみち酷い)
そもそもハクオロだって対外的に見ればケナシコウルペを倒したばかりの(一応)新米皇じゃん!?
その上、ハクオロが居なくなってから、苦労した場面もあっただろうけど、15年くらいかな…?國が良いかんじに回ってるんだとしたら、血が繋がってるからとかいう理由で(たとえ神輿にしても)遺伝上の子どもにすべてを背負わせるのって……酷くない!?
どうしても血筋にこだわるんだったら、事情を知ってるプレイヤー視点だと、列島の亜人はみんなハクオロ(アイスマン)の子どもだから誰が皇になってもOK!!!!とかいう雑な意見になってしまう。
そう思わせてしまう時点で何かが破綻しているというか、血統主義に対してすでに正当性というものが一切感じられなかったりする。
「育ての親であるみんなはクオンが皇の器ではないと知っていたのにクオンが一人で勝手に背負い込んで張り切ってた」とかだと「クオンは幼くて愚かで可愛いなあ…」「見守ってくれてたトゥスクルのみんなはおおらかだなあ」というポイントになると思う。
でもクオン自身は本当は「ただのクオン」でいたくて、トゥスクルの町でも自分の正体は知られていないと思い込んでるので道化ムーブかますし、みんなの期待にこたえるために皇にならなきゃいけなくて、大人はそれを悲しそうな顔で見つつ、都合よく利用して……、という構図になってて、「トゥスクルのみんなを嫌ってください」と言わんばかりの話じゃないですか…!?そんなのやだよぉ…。
これが悪役キャラクターの悪役ムーブであるならまだしも、やってるのが前作で共に戦った思い入れある仲間達なので、大切なヒトを失い、残された子どもを育てながら國をやりながらというのはそりゃ大変だったんだろうけど、そもそもクオンの負担をもう少し減らせなかったんだろうか…!?という気持ちのほうが強くなってしまう。
二人の白皇ラスボス戦、ラスボスであるクオンの心を守る影は(偽物とはいえ)トゥスクルの育ての親みんなの形をしています。
前作ファンへのサービスなのか、それが一番絵面的に「映える」と考えられたものなのか、それとも本当にクオンにとっての親達や親達みんなにとってのクオンの関係性があのような不健全でグロテスクなものであることに自覚的で、それをゲーム体験を通してプレイヤーに訴えているのか。
もしも自覚的にやっていたのなら、うたわれるものシリーズを今より見直してしまうかもしれない。だけど作り手の主義や思想とは無関係に、エピソードやキャラクターが物語の要請に応えるケースはままあるので私には判断がつかない。
なんか作中バトル的な演出でトゥスクルのみんなが大物っぽいムーブすればするほど「でも大人としてはわりと無能なんだよな……」という現実が突きつけられるので、主人公陣営パワーの加護を失うことの恐ろしさに震えてしまう。
続編や派生作品で変なふうに扱われたりキャラクターの格が下げられるのってキツイんだな〜…。
クオンからハクに向けられる「ハクはハクだよ」という言葉は、もしかしたらトゥスクルのみんなが昔からクオンにかけてくれていた言葉だったのかもしれない、けれど、描写されている限り彼らはその言葉通りにはクオンに向き合えていない。やっぱり誰にも言われたことなかったのかも。言われてる描写があったらとしたら私が忘れてるな。
「クオンはクオンだよ」と、本当は誰よりも心からそう言ってほしかったのはクオン自身であり、だからこそクオンのこの言葉はハクの心にも強く響いたのではないか。
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二人の白皇のラスボスは、クオン(ウィツァルネミテア)ということになっているけど、こうしてみると真のラスボスってやっぱり『ハクオロ(父)』の存在概念なんだよな…と思う。
ハクオロ(大いなる父)というのは、もはや子ども達を縛り付ける枷でしかなく、子守唄ラストステージのタイトルにもあるように、亜人はウィツァルネミテアや大いなる父から解放され、『神話の終わり』を迎えたはずなのに、二人の白皇のラストステージでまた神話が始まってしまった、残念……というふうに私には読めるんだけど、うたわれはパターナリズムがヤバい作品なので作り手は無邪気に善きものとして作っているんだろうな〜…みたいな感触がある。
本編をプレイしていた時、特に引っかかりを覚えた場面、やってることと描写の演出が結構チグハグしているかんじだったんですよね。
筋だけ読むとかなりドライな目線を感じるのに、ウェットに仕上がってたりコミカルに仕上がってるせいでキャラクターの印象がだいぶ違ってくる。
たとえば、エントゥアに関して「敬愛していた父親と、眼の前の不器用で乱暴で身勝手な武人(ヴライ)を重ねて見ることで、呪いから解放され自分の人生を歩き始めた女性」という解釈を今の私はしているけど(参考:エントゥアについて)ゲームをプレイしていた時は特にそうとは思わなかった。
振り返って、他のキャラクターやエピソードとの関連を考えてみて初めて「もしかしてエントゥアのエピソードも『父親から解放される少女』だったのか!?」ということに思い至ったかんじ。
ていうか、多分、そのまま愚かな主君のために自己を犠牲にする有能な忠臣とか、男同士の真剣勝負に拘って散っていくマッチョな「武人の浪漫」をヒロイックに描写したという読みでも間違ってはいないと思うんだよな…完全に読み手の解釈次第……。
話がずれました。
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もっと上手くやってほしかった。これに尽きるんですけど。
でも、キャラクターの性格とか立場とか為人を考えると、それはそうなるよなぁ……という嫌な納得もある。
クオンの皇女キャラクターの対比としてのアンジュが、一度は挫折しながらも「自分のために」自分のものを取り返すために、エゴイスティックな「自分の意志で」皇になることを選びその道をゆく姿をやっているので、物語のアツさとしてはそっちのほうがよっぽど共感…というか応援がしやすかった。
(まあ作中で突っ込まれているとはいえ、ヤマトはヤマトで問題が山積みなのでその話はまた別の時に…)
しかし勝手に「ハクオロの子ども」キャラクターという部分に無自覚な期待を大きく寄せていたのはプレイ当時の私自身の姿でもあり、それもあってトゥスクルのみんな達のクオンへの態度には余計にモヤモヤさせられているのかもしれない。
ゲームの最後の最後にハクオロの解放(帰還)が描かれるけど、そうなる前にクオンが玉座を捨てて「ただのクオン」になることを自分で選んでくれてたら、きっと私は今よりも嬉しかったし、今とは違う目でクオンのことを見られていたと思う。
だけどクオンの皇位継承はタイトルの『二人の白皇』にも掛かっているので、終わりは最初から決まっていたわけで、そこに至るまでのクオンというキャラクターの強烈な個性と彼女の行動が(キャラクター的にはすごく噛み合っているけれど)プレイヤーの求めていた「正しいヒロインの姿」と、かなりズレていたんじゃないか。
特に初代メインヒロインが「健気、献身、報われなくてもひたすら主人公に尽くして身も心も捧げる非戦闘員の女(他の女との間に生まれた子どもを育てる、主人公の帰りを待ち続ける、主人公とその子どものための生贄になる)」だったシリーズ続編において、クオンはそりゃ劇物みたいなヒロインだよな…と思う。
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これは好みによるところも大きいと思うけど、私はクオンの恋に生きる幼稚で一所懸命で身勝手な姿が大好きです(すべてを手にするポンコツ欲張りガールは最高なので)ただしクオンの統治する國の民になりたいかと言われたら………、みたいな距離感。
今まで身内から過保護に世話を焼かれてばかりいた、幼くて、どうしようもない寂しさに支配されている孤独な女の子。
ある日現れた「世話し甲斐のある成人男性(自分が目覚めさせた憧れの旧人類)」や、初めて自分を亡き両親達と重ねず、皇という責務や立場のことも知らず「ただのクオン」として見てくれる仲間と出会って一緒に過ごした日々の尊さとか、『二人の白皇』ラストで再会した神ハクに(あんなに抜け駆けしそうな性格なのに)「またあの頃のように『みんなで』『白楼閣で』過ごそう」と持ちかけるのも、まさにハクを見つける瞬間まで、少なくともクオンだけは他のみんなのような成長が出来ていなかったわけで、そんなの、めちゃくちゃハクにとって都合の良いヒロインで、可哀想で、………可愛い!(という消費の仕方をしても倫理は大丈夫なのかどうか…?駄目だと思う!許してくれ!)
ハク第一で、ハク中心で、ハクのことが大好きな「普通の」村娘のヒロインであれば、暴力を振るったり支配的であったり、暴力を振るったり…ラスボスになったりするところまで含めて強烈で「ヤベー女」みたいな受け止め方ももっと楽にできたんだろうな。
だけど『偽りの仮面/二人の白皇』は、クオンが「ただのクオン」でなかったからこその物語なので、そこらへんもクオンの味になっている。分離不可。
(でもクオンの暴力的で支配的な仕草ってメタ的に見ると古の「暴力ヒロイン」なんだけど、トゥスクルのヒト達の目下の者に対する姿を見ていると被虐待児的な生々しさに接続されてしまうので…本当に…しんどい………)
私は偽白のトゥスクルのことを「子育て下手くそ毒親カルト軍団」とか罵りがちなんだけど、クオンを一人の保護対象かつ対等な人物として見てみた時に、地位や体質、境遇ふくめて彼女の中のウィツァルネミテアを上手く宥めつつ、クオン自身を慈しみ育ててこられた彼らはやっぱり、それ自体はとてもすごいことなんだよな…とも思う。
もしも『普通』に村とかで暮らしていたら『異端』として排除されていたかもしれない属性を持ったクオンが、特殊な環境下だからこそ社会性を身に着け、変なふうにグレることもなく、あんなに大きくなるまで健やかに生きてきたというのは揺るぎない事実です。抑圧されまくりの寂しい神様でヒステリック&エゴイストなワガママ黒クオンが内側ですくすく育ってしまったという弊害はあるけど…(でっけ〜弊害!)
これはマジですごいことだと思う。トゥスクルのヒト達も絶対大変だったろうに、めちゃくちゃ頑張ったと思うんだよな……本当にそこはそう思う…。クオンのお父様はオボロなんだよな………(しみじみ)
クオンがハクオロの子どもだったせいで背負わされたものと、クオンの父親がハクオロで、母親がユズハだったからこそ守られたものが物語にガッチリ絡み合っている。
やりたいこととかテーマと噛み合っているかは謎だけど。
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二人の白皇アニメだとあっさりしてたけど、エンナカムイの惨劇が原因でライコウの策によって孤立してハクトル達が困っていた時も、クオンがトゥスクル皇女の地位と権力を利用していなければ多分、どうにもならないピンチだった。
ライコウが読み負けた原因のひとつに『クオン【トゥスクル皇女】』が存在していて、まさか恋に狂ったやんごとなき少女が他國の戦争に乱入してきて特権乱用援護しまくってるなんて、聖賢といえど見抜けるものじゃないでしょ!!!というファインプレーの構図になっている。
いやでもハクが死んだと思い込んでいた時点でも支援していたので、本当に友達のために私情で特権乱用してただけなんだけどさ!?
このとんでもなさがクオンというキャラクターの魅力であることも確かなんですよね。ここらへん、やりたいことはわかる…。
『偽りの仮面』のラストで毒を盛られて弱りきってるアンジュや、義姉妹の契を交わしたネコネ、友達のルルティエ、自分でスカウトしたヤクトワルトなどなど、窮地に陥っている仲間達を見捨てて、一人フラフラどこかに行ってしまったクオンに関しても、バックに流れる恋夢と、迎えに来てくれた父親オボロと、森の母アルルゥは素晴らしかったけど「はあ~~~~~?????」とかちょっと思ってたんですけど、クオンにとってハクがどれほどの大きな存在であったかを知れば知るほど「仕方ない…!」と思うようになった(といっても『オシュトル』が生きてるならエンナカムイもアンジュもなんとかなるだろうという見方が無意識にあったのもわからなくはないし、あそこでそんな判断ついてるような子ならラスボスになんてなってないんだよな…)
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誰の娘でも、どこの跡継ぎでもないクオンが初めて手に入れた「自我(自己)」は「ハクに恋する自由な少女」の形をしていて、(作り手や主なプレイヤーがクオンに向ける眼差しがどういうものかはわからないけど)クオンの物語は「生まれる前からイエに縛られて無意識に自己を殺し抑圧されていた少女の心が解放されることで一歩前に進めるようになる物語」とも読めるので、『解放者』を意味するウィツァルネミテアの子どもが迎えるエンディングとしてはやっぱり玉座を捨てるほうが気持ちが良かったんじゃないかなあと思わなくもないけど、そこはまあ人情……仕方がない…!!!みたいなかんじで、なんとか納得したような、しないようなです。
(クオンの自我が「風呂好き」の形をしているのでは?という反論はまあ……あれもお母様たちの影響とか真似から始まってるんだろうし…………)
こんなかんじで、偽白のトゥスクルはみんな「仕方ない」と思うしかない造りになっていて、なので、「もっと上手くやってほしかった」の気持ちなんですが、この引っ掛かりが文字通りフックになり自分の中でずっとうたわれるものを消化できてない原因なのかもしれなくて、そこらへんがすごく複雑。
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原作だけならギリギリ許容でき……でき…で、きる…!気がする!!ようなバランスが、派生作品ではあっさり崩れて駄目寄りの無理になっているので本当に難しい。
難しいキャラクターだな、クオン……。
いやクオンに限らないんですが……。うたわれのこと、なんにもわからない…。
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とにかくトゥスクルは世襲君主制をやめる方向で動いたほうがいいと思う。君主制はともかく、世襲制はどうかと思う…。
ヤマトは…どうかな〜!?
歴史が違いすぎてな……あんまり考えが及ばないな…。いずれはそうなってほしいですが…。
でもそれ言ったら列島も長期間ゆるやかに『ウィツァルネミテア』が支配してきたひとつのクニなので、帝が魔法(超科学)のオンヴィタイカヤンパワーで治めてきたヤマトのこれからと、今後どれほどの違いができていくんだろう……。
そういった意味でも、亜人達の世界を作っていくために「神様の子ども達」であるクオンとアンジュによる「二人の白皇宣言」自体はやっぱり必要だったんだろうな…と思う。
ハクオロが帰還したからといって、皇になるのか……?といえば、二人の白皇宣言もあったわけだし、多分、その座自体はクオンのものであるほうが義理が通っているように思える。
仕事はまあ…することになりそうだけど。
(めちゃくちゃ働かされる御隠居が二人いる國……?)
いやでも、うたわれ世界の為政者たち、ゆるゆるだからな〜!
ここらへんはノリ重視というか、政治のことはまあ置いといて「主人公たちの身分が高いと…格好良いから嬉しい!!!」的な、かなりプリミティブな雰囲気を感じるんですよね…。権威主義的というか……。
なので、公式から「クオンは本当に素晴らしい皇の器を持ったヒロインだよ〜!」とか言われても「………そっかぁ…?」てなると思う。
描写されたエピソードを見ても、私には向いてないように思えるんだけどな。
戦乱においては大活躍するというのはわかる。さすがウィツァルネミテアの天子。
ていうか、こういうコンテンツで女性の政治家キャラクターがきちんと描かれてるやつってあんまり見ないし……パッと思いついたのが幻想水滸伝のキャラクター数名ぐらいかな。
Fateのアルトリアさんなんかは良い政治家(王様)だったのでしょうか?
ノスリとかも、やる気だけは迸ってるみたいだけど、実務能力はゴミカス!みたいな描写が斬2で改めてされてて泣きました(指導力やカリスマはあるっぽいんだけどさぁ…)
ここらへん、国内の女性政治家や指導者のロールモデルが現実に足りてない問題とも関係ありそうなので、うたわれだけの欠点じゃないのかな…とは思いますが。
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ウ~ン!イマイチまとまらなかったな。
また別の話の時にもなんか書くかもしれないけどとりあえずここまで。
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