確か『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』を読んだ頃に書いてたけど特にどこにも投稿とかしてなかったメモ。
ミラーリングじゃないけど「空気重視で事実を蔑ろにして勝手に忖度するわ他人のプライバシーにばかり興味持つわ平気で嘘つくわ連帯感を高めるためなら同調圧力かけたりイジメにも参加するわで定型発達の人間はこれだから…」とか言うのはまあ偏見だし差別なんだよな……。
いやそもそも現状の多数派少数派のバランスがなってないから「差別」としては構造的に無理があるし思考実験としてもあんまり上手くないか。
障害者が何故「障害者」かというと世の中が所謂健常者にとってだけ都合の良い形にデザインされていて、それ以外の人を弾くよう運用されているからなわけでそこは障害者が頑張って埋める部分ではなく社会全体で埋めていかなきゃいけない部分なんだよな。
しかし定型の人だって望んで定型発達になったわけじゃないはずだし、すべての人が0か100なわけもなくてグラデーション(グレー)の人も大勢いるだろうし…。
でも世の中の多数派は「これ」だという事実として覚えておかなきゃ後々苦しむことになるので知っておきたい定型発達者の特性を……みたいな…。
知識という名の補助杖が必要。
ただ、本を読んだり学ぶことが困難な人も沢山いること、そもそも知識にアクセスできる人ばかりではないことなどを考えると、弱者や少数派の個人に掛かる負担は少なければ少ないほうが良い。世の中が全体的にいいかんじになる必要がある。
ドッキリ企画とかサプライズパーティーとかもそれが好きな定型発達者は本心から良かれと思ってやってるんだから、やられて嫌だと思ったらそれはきちんと言うけれど必要以上に彼らのそういった心理や行動を責めてはならない。んだろうな…多分。
彼らにはそういう行為を苦痛に感じる人間が一定数いるということ、そもそも存在すら認知・理解してない(できない)ので地道に啓蒙していくしかない。途方も無いな…。
その中で折り合いをつけるにしても基本的に(自分も含めて)マジョリティというものは無知な上に自分がマジョリティであることにあぐらをかいているので知識や情報を自ら求めることはめったに無く、なのでその折り合いをつける負担は大概マイノリティにのみ課せられるためクソでか不均衡が生じる。
これはどんな属性であってもそう。
学びや理解を世の中で全体的に進めていけば多数派に属してても、より楽になる部分があるとは思うんだけど、「自分こそが一番気の毒な立場である」と思い込んでいる人、つらい立場のメリットとデメリットを秤にかけた時にたとえ踏み躙られている人が他にいたとしても「今のままのほうが自分にとってはマシな気がするから変えたくないし変わりたくない!」と思う人がめちゃくちゃ多いらしい。正気か?
そういった人達にマイノリティ側だけが『理解』を求めて「私達を踏みつけている貴方様がたのそのおみ足をどうか退けてくださいませんか」と言い続けて言い続けて言い続けて……いくことでしか世の中って変わらないのかなあ…(トーンポリシングは知っているんだけどマジョリティの傲慢な被害者意識に対する疲れと諦めがすごい)
もしくは誰がどう見ても悲惨な事件が派手に可視化されて初めて何かが変わるなど揃えなければならない条件の数と種類が多すぎて暗澹…。
というか常に啓蒙活動し続けることプラス大きな事件か……。えっ暗澹…!
事件なんて起こらないほうがいいに決まってるのに…。
「マジョリティ様に話を聞いてほしければまずマジョリティ様の満足できるコミュニケーションを取ってみろ!マジョリティ様の心を動かせたならおまえらマイノリティの話を聞いてやらないこともないぞガハハ」みたいな態度が、そもそもそういうことのできない・苦痛に感じてすり減っていくマイノリティを日々どれほど殺しているのかという話なのでウーーーーーン!世の中はクソ!!!
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