「十二国記」30周年記念ガイドブック 単行本
私は『漂舶』を読んだことがなくて、十二国記のアニメで延王が急に「斡由はもうひとりの自分だ」みたいなことを陽子に語り始めたのが当時からちっとも納得いかなくて、いや境遇がちょっと似てただけで全然違くない!?!?同じ車に乗っててもアクセル踏むかブレーキ踏むかくらい違くない!?!?て思ってたんだけど、30周年記念ガイドブックでようやく『漂舶』を読むことが出来て、自分がここまで考えてきた事ともそこまで大きくズレることが無くてむしろ納得が深まって大変面白かったので「なるほどな〜〜〜〜!!!!」と思えたので良かったです。
関連:十二国記『漂舶』を読んだことが無くてウーンウーンて悩んでたやつ
以下、ざっくりとした感想。
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これ、語る相手が同じ王(しかも新米)の陽子であるか、それとも彼の事情も、風漢の正体すらも知らない湘玉(民目線)であるかはメチャクチャ重要なポイントじゃないですか……?
巷間に流布された昔のお話を語り、その登場人物である王が目の前にいることも知らず「王がすでに玉座にいて、麒麟に選ばれなかったのなら斡由ってやつは王の器ではなかったっつーわけでしょ」と心から言う、天と王と麒麟のシステムを絶対的に信じている無邪気な雁国の民。
ニュアンスというか、立場による責任感の話としても、印象が結構違うと思う。
小松さんの境遇や背景などを考えると、確かに本人はそういうふうに思っていたのかもしれない…という、自戒を忘れず確信を疑い続ける姿はむしろ「王の器」であり、しかし天命システムもそれを運用する人間もまた完全ではなく、彼らの寄る辺なき船はいつか必ず沈むことが約束されていて、しかし今は…………、という。タイトルも良かった。
アニメで例のくだりを見てからずっと疑問に思っていた部分にすごくすごくピターッとハマってくれるお話だった。
>”「貫けなかったところが王の器に足りなかったってことじゃないの? そうでなくても、斡由には何かが欠けていたのよ。そうでなかったら、台輔は斡由を王に選んでいたはずだもの」”
(十二国記30周年ガイドブック特別収録『漂舶』十二国記外伝 より引用)
すでに失ったものがあって、失ったものへの未練や後悔や強い自省の気持ちが尚隆にはあって、だから今度は民を死なせない国を作りたい、国が欲しいと、切実に願っていて、そういうものが斡由には「欠けていた」というのがものすごく皮肉な作りで、悲しくて、本当に良かった。
十二国記、やっぱりめちゃくちゃ「己という国を統べる王となれ、王は正しさや確信をつねに疑い、死ぬまで考えて足掻き続けろ(でなければ王としての道を失い死ぬ)」ということを読者に訴えかけているように思う。
延王のそういう、斡由みたいな奴に関してすらそんなふうに思ってしまう部分が「王」なんだろうな……と思うし、斡由てめー何小松さんの永遠になってるんだよという気持ちもある。いや仕方ない。仕方ないんだよな〜!
延王が、心に引っかかっている故郷や斡由のことをもうどうでもよくなったり「忘れた」時が、雁国の真の終焉なのかもしれないね…。
もっとアクティブに「王やるの飽きたから次は国を終わらすぜ!!!!!」みたいなのは、かなり想像しづらくなったな。いやどうだろう…わからない……(雁国終焉アンソロジーとかあるんですか?)
雁国のドタバタ具合もコミカルで楽しくて可愛くて(当人達からしたらべつに楽しいわけではない!かわいそう!朱衡…好きだ〜)雁主従のやり取りも勿論良くて、「もしも『更夜』を見つけたら…」の二重の伝言も、更夜にまた会いたい六太と、それが六太の望む形ではかなわない場合のメッセージも用意している尚隆、それぞれが立場も含めて「らしくて」良くて、よかった……とても良かった(語彙力…!無!!!)
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