ロスフラの日記。
糸でガチャ回したら3人目くらいのノスリちゃんが来てくれたので被った御魂40でオウギくんとヤクトワルトさんを星5にしたんですけどお気に入りに設定してホームに置いた時のセリフがなんかあまりにもつらすぎて勝手に悲しくなってしまった。
ひぐらしのなく頃にのネタバレがあります!!!(なんで???)
私は偽りの仮面のハクさんの元に集った隠密メンがすごく好きなのでソシャゲのこういうところやっぱキッツイな〜!!!と改めて。
初代の面子はヌワンギやスオンカスは別にしてもハクオロさんへの態度とアクタくんへの態度けっこうみんな違うんだけど、そりゃそうなんだよ立場が違うからさ…それはわかる…。
でも偽り面子はわりとみんなハクさんに対するのと似たような部分が大きくて、特にヤクトワルトさんとオウギくんは主人公の名前の部分がハクかアクタの違いしか無くない???というレベルなので、誰でもよかったのか…?衣食住の世話してくれたり退屈させない旧人類で気の良い奴なら誰でもよかったっていうのか……??みたいなめんどくさい心持ちになってしまう。
ここに関してメタ的に考えると、製作側からしたら特に気を遣わなくても良い部分として扱われているのかな〜という気がするんだけどどうでしょうね。
たとえばシリーズのメインヒロイン達がアクタくんにドキドキときめいたり異性として惚れたりみたいなことされたら嫌な気持ちになる層というのは多いのではないかと思うんだけど(私はそうです)なのでソシャゲであってもヒロイン勢は比較的そういう意味ではアクタくんに対しては妙な素振りを見せないよう、だいぶ気を使ったかんじの描写になっている気がするんだけど(いやそもそもこれが私の勘違いだったりするのか??)
でもふた白で敗戦国クンネカムンの拠り所をああいう風に消費することでシャクコポル族の尊厳を死体蹴りし、それをしかも熱いファンサービス的な扱いにしていたことに対してと同じように、そういった描写をされることで悲しい気持ちになる層もいるかもしれないけど、それ以上に盛り上がったり喜ぶユーザーのほうが多いと見込んだのでサービスとして入れていくみたいな扱いのひとつでしかないような…いやむしろそこまでも特に思い至ってないのかも……!?みたいな。
だから要するに少数派の意見なんだろうな〜というのもわかった上でやっぱ寂しくて仕方無いんですよね。
ピタゴラ装置的な積み重ねとか、このキャラクターはこうだからこうするというのではなくてファンサービスありきだったりお祭りゲー(うたかたソシャゲ)という媒体ありきの杜撰に見える描写が……。
IFの物語であるとか並行世界であるとか違う世界線の話であるというのもわかるんだけど、原作で好きだと思った部分が別に大して重要なことでもなければ個性でもなければ必然でもなかった、相手が誰でも同じになるという様子を、ここまで素材集めて育てた上で見せられるのは原作の好きな部分も否定されるようなかんじ。
いやまあ実際には私と原作の間には公式の入る余地など無いので誰にも否定も肯定もできないんですが。
私はロスフラのヒエンの扱いはともかくキャラクター描写がすっっっごい好きで、初めてヒエンを推せる…!てなってるんだけど、それは私が原作のヒエンに対しては元々そこまで大きな感情を抱いていなかったからというのがあるわけです。
数年間、原作で出揃っていた情報からキャラクターの為人を想像したり日常を考えたり思いを馳せたりしていたらエヴェンクルガになったヒエンを受け入れることが出来ていたか怪しい。おそらく無理みが強いはず。
ただ、ヒエンとかヌワンギとかトキフサさんあたりは原作でもうちょっとこうなんとかなる道は無かったのか…???みたいな個性を与えられたキャラクターだとも思うので、こういう形でのアンサーは個人的には良いんじゃないでしょうかってかんじなんだよな。
むしろ5章でサクヤとクーヤの扱いどうしたいの…!!??てなったし…。
私は鈴音イベントのストーリーめちゃくちゃ面白かったと思ってるし好きなんだけど、もしオボロとユズハが特に好きだったら結構ショックだったろうなとも当時から思っていて、ただ、このイベントに関してはむしろ「ハクオロさんと出会わないルートだとこんなことになってしまうんだ…よかった…原作ではハクオロさんと会えて……」みたいな気持ちのほうが強かったんですよね。ハクオロさんと出会えたオボユズ兄妹の原作世界に改めて感謝みたいな…。出てこないのに存在感放つ主人公ぢからの強さに感動したし。
オボロとユズハに関してもフギトに関しても、重かったりショッキングな話ではあるんだけど、ファンに対してもキャラクターに対してもものすごく『気を遣っている』のが伝わってくるんですよね(もちろん個人の感想なので実際はどうだかわかりませんが)
ヤクトワルトさんは本人のキャラストもとっても良かったし、ゲンジマルのキャラストやヒエンのキャラストでも存在感を見せつけまくってくれて、このへんはファンサービスだろうなというのを私としてもまあまあ上手いこと受け止めることができたんだけど、その分原作であそこまで尽くした相手はハクじゃなくてもよかったのか…????誰に対しても義理堅く情深く感謝の気持ちで忠義を尽くすだけなのか…???というめんどくさい気持ちになっちゃうんだよ…。
常々ノスリちゃんのキャラストが放火虚無とか中身ゼロカロリーとかそれでも解釈違いにはならない(なりようがない)とか言ってまともな2話の実装を心待ちにしているんだけど逆にあれくらいスカスカのほうが解釈違いもすれ違いファンサ違いも無くて心穏やかに過ごせるのでは…?というかんじ………。
キャラストを読んでエッ気持ち悪いなコイツ…となってしまったのはミカヅチさんもですね。
衣装違いネコネのキャラストで強面成人男性が子供に圧をかけて、受からなかった試験の職業制服そっくりの服を着るよう強要するの控えめにいってドン引きしたというか(まあこんなこと言ってるからうちにはミカヅチさん来ないんだろうな…)
いやこのネコネのキャラストはキリポンがむちゃくちゃ可愛かったのでそれはいいんですけど、たとえばもしこれがミカヅチ×ネコネのファンに対するサービスだったとしたら個人的には外してるなあ!!!!と思ってしまった。
いや世の中のミカネコの人たちは喜んでるかもしれない、わからない。少なくとも私はミカヅチさん公式の古平成倫理観のせいで今後も多分クソ野郎描写がどんどん増えてくの可哀想だな……みたいな感想になった。
あっでも筋肉イベントとかは面白かったんですよ。小学生男子様だ!!!てかんじで。可愛くて楽しかった。解釈も一致したし。
水着イベントに対する文句も一晩中くらい出てくるわけで、なんかこう…(私がメインターゲット層ではないということは置いておいて)好きなシリーズの新作が世間の流れを読めてない、アンテナが耄碌してる様を見ているのがしんどいみたいな感覚が一番大きい。
令和の新作であえて体型いじりしてくるとは思わなかったので本当になんなんだろうあれは…それでも喜ぶメインターゲット層に問題があるのかなんなのか…喜んでる人を責める気もないけど少なくとも私は喜べないし、エルルゥの扱いに対して怒りと悲しみが湧いたという話なので。
メギドとかもそうだけどそれが天然であれ人工であれトンチキ(笑)とかずれてる部分がポジティブな話題になってるうちはいいんだけど、ネタにもならないとなってくると見ていて悲しい。
シリーズ全部が「あーあ…」ってかんじならもうサクッと離れるんだけど、帝都イベントで見せた謎のバランス感覚を兼ね備えた妙な面白さとか、本編5章の面白くてワクワクするかんじとか、そもそもロスフラのメインキャラクターの造形がだいぶアップデートされてる部分とか、やっぱりうたわれ好きだなーーー!!!と思うし、頑張ってほしいなと思ってしまう。
ソシャゲ化が嫌だった理由は本当に本当に沢山あるんだけど、そのうちのひとつが価値観も倫理観もアップデートできなさそうなのにリアルタイムで全力疾走しなきゃいけないコンテンツなんて何かやらかすに決まってるじゃんみたいな公式に対する信頼感の無さもあるので、そういう意味ではロスフラは心配してたよりはずっとやらかしてなくてそこはまあ良いんじゃないかなあと思います。やらかしていないとは言ってません。
ただ私の愛した(好み執着している)部分が比較的蔑ろにしてもまあいけるだろ的な判断を下されがちなんだよなという結論にたどり着いたわけでまあ…まあ……うん……言語化したらちょっとスッキリしたな…。
ソシャゲの新情報によりちょっと脳内のキャラクター解釈を軌道修正する必要が出てきた、そしてそこを変更することで私が作品に対して魅力を感じて執着していた部分が若干削ぎ落とされる、そこの部分に折り合いをつけるのが精神的にちょっとしんどかった。こんなところかな!?多分そう。
でもそもそも斬の頃のクオンちゃんの扱いとオシュトルの扱い格差とかも個人的にはウーーーン!?てかんじだったしシーズンパスの中身に関しても衣装はメチャ可愛くてよかったけどナレーションとかウーン!?だったし、キャラクターでいうならあとクロウなんかも大概便利な男だよな!!みたいな扱いが続くしで、やっぱり私の解釈と望むものと公式の出してくるものにズレがあるだけなのかもしれないんだよなドカポンもそうなんだけど……。
でもドカポンも絵が可愛いっぽいので楽しみですね。予習したしね…。あっあんまり楽しみにしないどこ!!!傷つきたくないから。
我ながらクソめんどくさいな!私だったらこんなのに絶対執着されたくないわ。よさげな距離感たもちたいですね!!!
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追記
誰でもよかったのか…?衣食住の世話してくれたり退屈させない旧人類で気の良い奴なら誰でもよかったっていうのか……??
よく考えたら生きてく上でメチャクチャ大事なことだし、これをクリア出来る奴はそうはいないんだよな!!!!
アクタくんはいいヤツだよ(これは本当にそうです)
だからこそ危なっかしいというかキミガタメ自己犠牲エンドはもうやめてほしいです。
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追記
ソシャゲで得た(得たというか強化された)情報としてはヤクトワルトさんもオウギくんも誰が相手であっても状況によっては誰とでも上手くやっていかれる奴らということで。
ふたりの、姉上至上主義なところと、何よりもシノノンの父親であるところが一番好きなのでそこが守られてさえいれば推すのに支障はきたさないからハクさんとの関係にそこまで大きな意味を今までのように見出さなければいけるかな〜。
私はハクさんの元に集った隠密メンが好きだったのでメチャクチャ寂しい気持ちはまああるんだけどこうなってくると主人公とかいうただの都合の良い舞台装置でしかないんだよな…。いや勿論キャラクターが好きだからこんなに寂しいわけなんだけど。首だけすげ替えても同じように回ってるところ見ると色々考えてしまう。
だからたとえばマロロがアクタくんを心の友とか一番の親友とか言い出してもまあ仕方ないというか、それはそれでそういう世界なんだろなというふうに言い聞かせていく必要があるし、でもオシュトルやウコン辺りは「気を遣われる」描写がされるんだろうな〜みたいな羨ましさはあるんだけどオシュトルは人気のタイプがかなりあれだしな…そうなるよな……みたいな……。
最近ひぐらしのアニメを見返していたのでひぐらしに喩えると、偽りの仮面がたまたまそういう…みんながハクに懐く欠片だったというだけで、雛見沢症候群は誰がいつ発症するかはわからないみたいな…亜人達は基本的に旧人類にメロメロなものだから出会った順番や陣営でいくらでも誰にでもメロメロになっちゃうものなんだな…みたいな……(ネッ!イエナガさん!!!!)
たとえばインカラに仕えてるベナウィを推してた人からしたらベナウィがハクオロさんのこと聖上って呼ぶの解釈違いです!!!てなるかもしれないしなあ…とかも色々考えてたけど、もし私だったらベナウィがインカラとハクオロ、誰に仕えても同じ態度とか心持ちだった場合のほうが多分嫌で……そこなんだよな……。
実際ベナウィはインカラに対する感情とハクオロさんに対する感情、全然違ったものとしてえがかれているのでそこが「キャラクター」になってるし。
これだとオシュトルウコン含めて気を遣われているヒロイン勢たちに関しては「こんなに心を開いて懐くことになっても、やっぱり恋をするのはハクオロ(ハク)だけなんだ」という不在の主人公たちの存在感強化にも繋がるので良いんじゃないでしょうかね知らないけど……。
ヴライとかトキフサとかシチーリヤとかスオンカスとかヌワンギとか……もし味方になってたら見たかった的な部分が見れるのは楽しいしね……。
いやいやでもこれだとさあ…今後もしライコウさんとか実装されてアクタくんのことめちゃくちゃ認めたり懐いたり心開いてきたらウウウッおまえっ夢幻でハクトルに胸を高鳴らせて恋する乙女ヅラしてたやんけ〜!!!誰にでもそんな態度に結局なるんか〜〜〜!!!!てまた寂しくなっちゃうな〜〜〜!!??ウウーッ!!ソシャゲとの向き合い方むずかし!!
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