推し、燃ゆ :宇佐見 りん|河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309029160/
芥川賞きっかけに積んでた『推し、燃ゆ』を崩しましたよ!
面白いとかではなくすごかった。うーん…うーーーーーん…すごかった…。
主人公のアイドルへののめり込み方がマジでヤバくて、今生きてる生身の人間を自分の背骨にしてしまうことの危うさがめちゃくちゃ伝わってくるんだけど、そうなった経緯(理由の一つ)がどちらかというと世間一般において健康的と呼べるものではなく、むしろ不健全的なものだという説得力がすごくあって、推し方(これは若干重なる部分はある)はともかく「普通の、どこにでもよくいる機能不全家庭で育った天才でもなんでもないおそらく発達障害を持った、生きるのがままならない覚束ない、しんどい人間」が、「普通の人」のように生きるための拠り所をひとつに頼るとこうなるよな〜〜〜〜〜〜という部分には結構覚えがあって、いやこれすごい小説だけど面白がってる場合じゃ全然ねえ〜〜〜〜!!!みたいな。
とにかく障害のくだりとか家族とのやり取りとか関係性の描写がむちゃくちゃ解像度高くて……。
リアルの主人公自体はこんなにも生活がままならないというのに推しを推している時だけを見ると定型の人と全然変わらないどころかむしろその行動や言動や姿勢に他のファンからも一目置かれてるようなアルファ的な存在である描写がマジでリアルなんだよな…。
「(この世の中で生きていくのはあまりにも辛いので)みんな何かに酔っ払ってないとやっていられないんだ」みたいなことを進撃の巨人でも言ってたけど、ここで何に酔っ払うかは結構重要なポイントだと思う。キマり方というか酔い方も人それぞれだし。
しかし生きている人間に熱を上げて酔っ払うことでしか耐えられない辛さみたいなのも痛いほど伝わってくる。
みんなが当然にできることが自分にだけできなくて今が辛い、こんなにも辛いというのを誰もわかってくれないどころかそのことを責められたり怒られたりそのことで自分のために動いてくれてる相手に負荷をかけているということを日々思い知らされる中で手に入れた推し活、めちゃくちゃに危険。
生きている人間を全力で推すことで得られる人生の充足感がガソリンがぶ飲みニトロ大爆発みたいな描写で、でもその劇物使う以外に主人公が「普通の人」みたいな生活を送れるかというとそれは無理であることもとことん描写されていて、「逃げるは恥だが役に立つが逃げた先が安全とは誰も言ってない」的な、突き放し方というよりはある種の戒め感のようなものを勝手におぼえたし、途中で主人公が脳から必要な何かが出てなくて不必要な何かだけはめちゃくちゃ出てる極限状態の修行僧みたいになるところなんかも推しを推すことと信仰というか何かを崇拝することってやっぱよく似てるんだよな…と改めて思ったし、いやこれ医者ガチャ失敗案件だよな……という感想になる…。
未成熟であるからこそのガムシャラな超パワー入出力バランスの不安定さや暴走気味なかんじとかもすごく上手くて、非実在キャラクターではあるんだけど主人公に誰か公的な救いの手を差し伸べてやってくれ…という気持ちがものすごい。
最終的に主人公に一番言いたいことは「とりあえず手帳を取れ」とかになってしまうんだけど作中で描写されてる世間のこの理解の低さを見るにウグググ…だし……いや世間の理解が低いからこそ診断書が出るレベルなら自立支援とか手帳までアクセスさせたってくれ 福祉!!!行政!!!医療!!!!になる。
あと作中時点でとりあえず必要だったもの、薬。
発達障害とお薬 | 思春期の発達障害の方へ お薬との付き合い方
https://www.teensmoon.com/pdd/medicine/
推し燃ゆに足りてないもの、主人公の周囲の人間達の障害に対する理解。マジで薬とかさぁ…やり方ひとつで全然なんとかなることもあるんだよ〜〜〜!!!完全に医者ガチャ保健医担任教師はずれ案件………うううう…。
劇物使ったところでネット上の「あかりさん」はアルファ的な存在になるかもしれないけど山下あかりの人生は「普通の人」みたいにはいかないし…というやるせなさを描きつつ、終わりまで読んでもそこまでのドン底とも私には思えず、むしろあの結末で少し安心したまである。
最後に推しが引退してただの人になるあたりとか、これだけの歪んだ熱量をえがきつつそのあたりのバランスは意識してるというか着地のコントロールが効いてる気がする。
推しがCDのえげつない売り方に対して心苦しそうにしてるエピソードとか、主人公から見た彼の性格解釈描写とか、彼が炎上したり引退したらそりゃ世間や主人公はそうなるだろうけど真幸くんはアイドルやめたほうが幸せなんじゃないか…?ということを主人公の「解釈」を通して読者にずっと思わせている。
ていうか、あ〜〜〜いいよいいよそのほうがいいって絶対!!!と思わせるポイントをひとつくらい作っといてくれないとエーン…😭てなって終わっちゃうし…まあ物語(創作物)としては普通というか妥当なんだろうけど それもあってラストはそこまでつらくないんだよな…。だってあのまま何年もあの勢いで推すなんて体が先に駄目になってしまう…。
むしろつら…………てなったのは本人喜んでるけど整形した友達が地下ドルと付き合ってはいないけど繋がってしまったとかいうところなので………(えげつな!!!!)
あれは多分主人公の推しとの対比でもあってさあ……「幼い頃、自身の意思とは関係なく祭壇に祭り上げられ信仰を集める立場となってしまった少年が成長過程できっと色々思うことがあり、結果的に沢山の人生をかけた信者たちを悲しませることになっても、それでも自分は人になることを選んだ話」としても良く出来ていると思う。
(いやフライング発表とか本当にやめろ~~~~という部分はあるんだけど)生身の主人公と推しの人生がわかりやすく重なることはないのに、こんなにあざやかにもうひとりの人生を想像させるの、やっぱ小説が上手いんだよな~~~!
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真面目な話、推し燃ゆを読んで主人公の生きづらさに共感した人が、蛇口をひねったら水が出るくらいの気安さで公共の福祉にアクセス出来る仕組みが必要だし、いまだに足りてないと思うので推し燃ゆを「推しを推してる人の話」だけとして消費するのはもったいなさを勝手に感じてしまう。なんかの切欠になってほしい〜~~!!!
本当に診断書出るくらいなら逆に今の時代いくらでもルートあるよ…!?でも母親も多分ちょっとうつ病ぽいんだよな…ぐえー!!!
推し燃ゆは間違いなく社会の話をしているし、主人公の行動や感情を愚かなものとか障害を持って生きてる人特有の何かとかオタクあるあるみたいな雑な括りでは終わらせたくなさも強くある。
なぜなら間違いなくあれらも主人公の人生の一部なので…みたいな気持ちになりつつ、身につまされる部分もでかくて純文学作品で描写される高解像度の生活描写は刺さる的なやつなんですけど……書いてて蹴りたい背中を読み返したくなってきたな…。
教訓(?)としては「生きている人間を自分の背骨にしてしまうほど推してはいけない、環境に適応できず自尊心や自己肯定感が育まれず安定して自立できない人に自分でしっかり立てというのはあまりにも傲慢だし酷であるが寄りかかる先は複数作っておくことが大切だし背骨ではなく補助杖という気持ちでいるのが良い」。出来るものなら…だけど。
私は生きている人間を推したことは無いけど身も心も弱く思い込みが激しくのめり込みやすく日々を生きる(まっとうに生活する)のがままならない、何もかもが覚束ない人間なのでせめて寄りかかる先を分散させなくてはと改めて身震いした。
持続可能な魂の利用を読んだ時も思ったけど私は三次元の人間を推したことがないので推し燃ゆに対してもそのへんの解像度がすごく低いし、低いからこそなんとなくわかる部分と全然わからない部分があるんだろな良くも悪くも…どれだけ考えても経験や感覚として今の私には本当にわからない部分がある。
もしかしたらある日突然なんらかのチャンネルが合って三次元やそれにとても近い次元の人権を持った誰かを熱く推し始めることがあるかもしれないし……。
三次元に生きている人間の作ったものにのめり込むことは多々あるので推しているコンテンツや好きだったものを作り出してくれた人とかが今現在クソみたいな発言してるところとか目にしちゃうとニンゲン………🔪てなって辛い時もまあわりとあるんだけど「生きている人間そのものを推す」となるとなんかこうニュアンスというか感覚が結構違う気がするんだよな……う〜〜〜ん!!!人間を神様にしてはイカン!!!!という強い気持ちがずっとあるせいだと思う。
手放しで面白かった〜!!!てなる本ではないです。芥川賞おめでとうございます。
いやー本当に…推し、燃ゆが芥川賞を受賞したことの意味は大きいし、より深めていきたいよな……。
作者の他の作品も読んでみたいです。また心がメチャクチャになるかもしれないけど…。
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