言葉によって出力されるもの

利き手の指に怪我をして止血のためケアリーヴを巻いたら、スマホをいじるのが難しくなってしまった。
これは無線キーボードを繋げて打っている。

フリック入力が思うように行かず、頭の中に何か言葉があっても、それを出力する力が足りないと、頭の中から言葉とか、考えそのものが消えていく感覚があることを久しぶりに思い出した。

 

元々、手で文字を書くのが苦手で、漢字を書くのは特に不得意というか、読めるけどあまり書けないので、字を書くのが苦手だったんだけど、子どもの頃、親が仕事で使っていたワープロを貸してもらうと、なんだかどんどん言葉が出てきてそれはすごく面白かった。
そのおかげで、文章を書いたりすること自体はそこまで嫌いにならずに済んだような部分がある。
だからパソコンも携帯もポメラも大好き。
でも誰にも見せないものならノートと万年筆も好き。シャーペンも好き。最近は好きなボールペンも結構ある。

 

今、オーウェルの1984を読んでいるんだけど、舞台になっているディストピアで『ニュースピーク』という新しい言語を編纂している人が出てきて、ニュースピークはすごいぞ!ってめっちゃ語ってる。
ニュースピークは単語の数がめちゃくちゃ少ない言語で、出力する言葉が少なければ少ないほど思想は政府にとって都合よく統一され、言葉を失った人間はそのうち考えることすらできなくなるという。怖い。

 

元の文とは微妙に違う解釈で広まっているらしいけど、「狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり」みたいなやつもある。
周囲のノリや雰囲気に合わせて必要以上に汚い言葉や本来の意味とはかけ離れた、過激で重たいを使っているうちに、人間のほうが言葉に引きずられたような考え方になったりするケースもまれによく目撃する。

 

最近読んだスティーブン・キングの『書くことについて』には、小説の書き方が惜しげもなく語られていて、その中でも何より大切なのは「とにかく読む&書くこと」だという。

 

どんなジャンルであれ勉強するべきことはつねに沢山あって、勉強の基本はインプットなんだと思うんだけど、人間の思想や考えは、アウトプットすることでようやく形作られていくんだろうなと思う。

 

入力方法も出力方法も、選択肢は多ければ多いほど人によって合うものが見つかると思うから、ここは絶対に多様な方法があってほしい。

 

思想や考えを出力したものの中に人格の一部が宿るとしたら、それらを紡ぐ言葉というものは、改めて本当に大切なものなんだと思う。

 

私は初めて聞く言葉とか難しい言葉は、興味のあるジャンルであっても覚えるのが大変で、量があると疲れてしまう。
興味のないジャンルや、自分には無関係だと思われるものに関してはもう全然駄目。
最近は覚えたと思ったこともすぐ忘れるし。
でもその言葉でしか表現できない事象や概念も沢山あるし、便利な言葉は”正しい意味で”広まってほしいと思っている。

 

新しい言葉とか、知らない言葉ばかりだけど、その中でも自分に合った言葉と使い方を見つけ出して、今後も上手いかんじに付き合っていけたらいいな〜などと呑気に考えているので、この世、これ以上のディストピア*にはならないでほしい。

 

*ディストピアにしても出来損ないすぎるんだよな

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