うたわれでサクヤの脚の腱を切ったこと、私はサクヤは妙なところで意思が強くてしかもクーヤ様のことを心から大切に思っていてすごく助けてほしくてなおかつ祖父を信頼しているからこそ自分から切るよう言ったのでは?とか考えてるんだけど、
それって「腱を切られたサクヤが自分から言い出したことだから」という言い訳をすることでこの酷い出来事を少しでも酷くないことにしたい、みたいな気持ちの働きが私のどこかにあって、なんでかというと私はこのエピソードが(酷いからこそ好きというのもあるんだけど)戦乱ものならではだな〜!とかぼんやりした考えで読んでた時期があって、最近、遊郭が話題になった時に実際に行われていた酷いことや今にも続く構造の問題から目を背けながら自分達が「良いな」と思ってしまったものをみっともなくあさっての方向から擁護するような人達と、それってどこが違うんだろう…?と思ってしまい過去の自分にウッ……となったのでちょっと書き出し。
サクヤが言い出したことじゃないならゲンジマルが言い出して実行したことであり、世界観や時代設定を考えるとそれはとても忠臣的だったり健気な行為エピソードであるんだけど、この物語(うたわれるもの)が作られたのも読まれたのも平成なのであって、「ウワ〜!武士っぽ〜い!!」とかいって物語のエピソードに感動するのは別に良いとしても、でもこれは自身ではなく孫という別の人物の体に傷をつけることで政治の道具として利用したエピソードなんだよな……ということはいつからか強く意識してて、そんでもってそれは現代の価値観においては最低&最悪な行為であるということを理解した上で戦乱ものならではの狂った酷いエピソードとして消費していきたい…私はこれを……みたいなかんじなんですよね。
まあゲンジマルが言い出したにしてもゲンジマル、やっぱこいつクソ野郎だな〜〜〜!!!という気持ちが強まるだけなのでサクヤが言い出した場合とゲンジマルの心象は大して変わらないんだけど(サクヤが言い出した場合、心象変わるのはサクヤのほうなので)(ヒエンよりよっぽど気の狂ったエヴェンクルガの素質があるのでは……?になるため)
私はフィクションのマッドなクズ野郎キャラクターやクソ野郎キャラクターが好き……。ウウッ…。
だからこそ令和のソシャゲではあの辺を変ないじり方しないでくれ頼むみたいな気持ちもあり……やるなら作中倫理観をこう…きちんとあれしてほしい………みたいな…気持ちがあります…。
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