基本的にフィクション作品に登場する非実在キャラクター同士の関係性に思いを馳せたりすることの多い私ですが、時々夢願望が顔を出すことがあります。
ドリーム小説 – Wikipedia
私の定義する「夢」「夢創作」は男女の恋愛や性愛に限らない、広義の夢に当たります。
自分で捏ねるものは「モブ夢」と呼ぶものが多い。
たとえばこれはタイラー・ダーデンに懸想するプロジェクト・メイヘムのモブ構成員俺夢主くんの夢語り(ファイトクラブ夢)
>生まれてこの方ノンケ自認だったので、まさか自分がタイラーをそんな目で見てるなんて……!?て苦悩してみてほしいし、なんだかんだで危険な宿題を割り振られて命をかけることになり、「これで死んだら俺もタイラーに名前を呼んでもらえる」とか思ってそのために前のめりに突っ走って体を張ったのに一人だけ死に損なって体に消えない傷を負うわ、愛するタイラーが死んだという話を病院のベッドで聞かされるわでもう散々みたいな話がいい
>「タイラー・ダーデンに名前を呼ばれたい」という動機はプロジェクト・メイヘムの構成員としてはかなり不純なものと思われる
>「タイラー・ダーデンを“女のように”組み敷きたい」というのが恋愛や性欲由来の劣情なのか、ずっと探し続けてきてようやく見つけた『神様』を自分の手で汚したいという暴力的な支配欲なのか、愚かなモブには永遠にわからないんだなあ
snmj (@aiknwuriknru@fedibird.com)閲覧注意: R18
私はこれをかなり真面目に夢想した「夢」だと思っているし、実はサイトにはモブ・夢タグ作品のページ(ジャンル混在)が存在する。
自分の場合、(現時点では)キャラクターと相思相愛になったり見初められたり恋愛的な意味で仲を深めたい欲望がほぼ無い。
ときメモは自己投影俺くん夢のゲームだと思っているので、わりと珍しく恋愛夢してるかも?

でも根本的にはフィクションの世界で他者に加害したり愚かさを極めたり殺されたり破滅したいという願望を安全に叶えてくれるのが自分にとっての夢であることが多い。
これには自分の中でわかっている理由がいくつかあるんですけど、まあ別に語る必要もないよねという内容なので割愛します。
ただ、そういう想像をすることで気持ちが落ち着いたり、癒やされる部分や満たされるものがあるわけです。
他に、ネームドキャラクターや推しカプの観測者になりたいみたいな夢もある。
『かぐや様は告らせたい』のスピンオフ作品『かぐや様を語りたい』はそういう意味でかなり理想の夢漫画です。好き。
かぐや様を語りたい第1話☆+第2話☆ マスメディア部は語りたい+映画館デートを語りたい|ヤンジャン+集英社公式・ジャンプ系青年マンガ誌アプリ
で、その上で恋愛夢を下に見たりバカにする風潮は良くないよな〜という気持ちで世間のアレコレを見ている。
【オモコロと】サーティーワンアイス、付き合うならどのフレーバー?【徹底議論】
バキ童チャンネルとオモコロチャンネルがコラボしたアイス擬人化恋語りって私は完全に夢だと思うんだけど、おそらく普段「夢創作」をバカにしてる人は彼らを同じようにはバカにしないんじゃないか……?というのがあり、「夢創作」がバカにされがちな理由ってやっぱりミソジニー的なものが大きいんじゃないか……???と思いました。
理解できない人がいるのはわかるしそれは仕方ないけど、(主に女性オタクが楽しむ文化だからといって)バカにされるようないわれは無いはずなので、いまだに世間における夢の扱いは不当といえるでしょう。
あと、夢創作において「自分なんかがキャラくんの一番になるなんておこがましいw」などの“弁えた”心構えを持っている人がいたとして、その解釈を否定するものではないけれど、他者にまで強要するものでもないと、私は考えます(ここで言う“弁えた”は皮肉です)
カップリングや解釈の話にもなりますが、人には人の夢があるので…。
(自分の場合はヘキによって推しを被害者や加害者にすることが多いのでこれはこれで誰かに怒られたり何か言われたらグゥ………てなるしかない)
結局、人の夢や創作をバカにしたり見下したり笑いのネタにしたりありえないものとして扱うのはやめようという当たり前の結論に落ち着いて終わります。
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