自分のものという意識

正直、子どものころ親とか周りの大人から与えられた子ども向けの絵本とかって(知らない内に血肉にはなってるんだろうけど)全然「自分のもの」にならなかったというか、隠されていたり親の本棚の取りづらい所に置いてあったものをコッソリ偶然手に取ったみたいな、大人から与えられなかったもののほうが今も印象に残ってるし自分を構成する要素になってる気がするんだよな。

これって今もわりとそうで、親じゃなくても人からピンポイントにオススメされた作品て普通に楽しむだけで変な刺さり方はしないというか、あんまりそこまで深くハマらないのでなんか、気難しい人間なのか……?

読み聞かせは上手く聞き取れなかったせいもあるけど、大人から与えられたり読み聞かせてもらった本なんにも自分のものになってない。
誰に言われたわけでもなく自分が自分の意思で目をつけた(と思い込んでいる)漫画とかアニメとかゲームにばかり今も執着している。

物心ついてから人にオススメしてもらった作品は、深くハマるかんじではないけど有り難く普通に楽しんでいる。

自分が子どもの頃から大好きで、自分を構成しているような大事な作品を、自分の子どもにも幼いうちから読ませて(見せて)オタクの英才教育させる親についてはまあ人それぞれだからどうでもいいんだけど、子どもは親とは別の人間だから自分と同じようにその作品が好きになったりのめり込むとは限らないだろうな〜〜〜て思う。今は他にも色んな娯楽があるし。

これ書いてて思ったけど、鋼の錬金術師のキング・ブラッドレイって「唯一自分で選んだ」妻に、実はめちゃくちゃ執着していたのかな…?🤔て思った。

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