「■■くん、何か良いことでもあったのかな?」
「そう見えますか?」
たった今まで肌を重ねていた、名前も知らない相手の質問に質問で返す。
意味深に微笑めば、ほとんどの場合、相手はこれ以上追及してこないことをオウギは知っていた。
肩をすくめて「なんとなく、いつもより明るいと思ったから」と言われて初めて自分が今、浮かれていることに気付く。
金はいくらあっても邪魔にはならないだろうと始めた仕事だったが、なんでもそつなくこなせる彼にとって身を売り対価を得る行為は予想したよりずっと性に合っていた。
情報や振る舞い方など金銭以外に得られるものも少なくない。
痛い目を見たり、危ない目に遭ったことがないわけではない。
ただし、くだらない副業が原因で姉に仕えることができなくなるのは本末転倒なので、常に退路は確保している。
誰かと肌を重ねるのは気持ちがよかった。快楽を求めるのは楽しい。少しの危険があるほうが快楽は増幅する。
今、オウギが浮かれているというならそれは、ある男のことを考えているからだろう。
右近衛大将と裏で手を組み、姉に次いで盗賊団をまとめている身としても、様々な人間を見てきた。
だが、あの男は、彼の周りの人間も含めてオウギが今までに出会った誰とも違うように思えた。
この先も水面下でオシュトルと手を組む限り、彼を識る機会もあるだろう。
そう考えると新しい玩具を見つけた子供のように胸が踊る。
まさか、他人に気づかれるほど顔に出ていたかと思うと若干気恥ずかしい。
「あなたと過ごす時間が楽しみだったんです」
誤魔化して、相手の肩に額を預ける。
(たしか、名前は『ハク』――それから……)
男についてぼんやりと考えを巡らせていると、抱きすくめられ押し倒される。
翌日の予定に支障が出なければいいなと思いつつ料金の倍額請求も忘れなかった。
***
「▲▲くん?」
名を呼ばれて初めて自分が微睡んでいたことを知る。勿論、偽名ではあるのだが普段ならそれで反応が遅れるということはない。
「眠い? 疲れてる?」
「少し」
柔らかい声音で心配そうに尋ねられ、客に気を遣わせてしまったことを恥じる。
「最近、あんまり会えないから心配していたんだけど、忙しいのかな?」
実際は皇女誘拐事件の犯人として姉が指名手配され、その件は片付いたのだけれど、今も大事を取って普段は身を隠しているせいだった。
「いいえ……そういうわけでは」
自分で言ってから、そこは肯定でよかったのではないかと思い至る。
おさな子をあやすように髪を撫でる手が優しい。
ただ、話相手になってほしいという客も少なくない。このヒトもそういう類の客だった。
金も地位もあるのに心が寂しいと言う。オウギは話を聞いて頷いて微笑む。こういう客は様々な情報をくれる。
だが、自分のことを話したことなど一度も無かった。話す気もない。そのはずだった。それなのに。
「僕はもう、あなたとこうして会わないかもしれません」
言わなくてもよいことだ。詮索されたり、客に変な気を起こされたら困るのは自分だ。
まだ寝ぼけているのか、髪を撫でられる感触が心地よいせいか、つい口が滑る。
けじめをつけたかったのかもしれない。
「そう……」
意外にも相手は納得したように目を伏せる。
「なんとなく、そうなりそうだなと思った」
「どういう意味でしょう」
すべてが顔に出る姉とは違い、自分が、表情で相手に気取られることは今までほとんどなかったはずだ。
「貴方が、欲しかったものを手に入れたみたいだから」
「僕が欲しかったもの……?」
「お金なのか、モノなのか、ヒトなのかはわからないけど、私みたいなのが貴方の穴を埋めなくてもよくなったということ」
相手の話を聞いて、相手の情報を聞き出すということは、相手の人間性にも触れることだ。
たとえ自分が何を語らずとも、相手も同じように自分のことをよく見ていたのかもしれない。
(まだまだ修行が足りませんね)
見透かされていたことに、不思議と不快感は無かった。
むしろ、自分の気持ちを代弁されたそれがストンと胸に落ちた。
「何もかもを持っていても、一番欲しいものが手に入らないといつまでも寂しいからねぇ」
このヒトは、きっとそういう想いをしてきたヒトなのだ。
髪を撫でていた手が背中に回り、よかったね、と抱きしめられる。
「ありがとうございます」
オウギの腕が相手の背中に触れることなく、祝福の抱擁は終わった。
***
白楼閣に戻ったのは明け方近くだった。
同室の姉はイビキをかいて眠っている。
乱れた布団をかけ直し、散らかった駒に目をやる。
仲間と一緒に遊戯に興じていたのだろう。
鉄火場への出入りをやんわり禁止しているので、何かあるとすぐ仲間内で賭け事を始める。惨敗のあとが見て取れる。
どうしようもなく弱いのに、どうあってもやめようとしない。
そこもまた彼女の魅力だとオウギは本気で思っていた。
オウギは、この愛しい姉のために生きる自分が嫌いではなかった。
姉を至上の主とし、姉のために何もかもを致す。
彼女を支え、その生を一番近く、後ろから眺めることができるのは最上の喜びだった。
名前も知らない他人に指摘されるまで気づかないほど、姉が、姉だけがオウギにとってのすべてだった。
だが、それで満たされていたわけではなかった。
それは、二人だけでは叶わなかったものだし、盗賊団の中でも手に入らなかったものだ。
与えてくれたのは、ハク。
彼といれば退屈はしない。普通に生活していても危険を伴う快楽にありつける。
何より彼の傍は居心地が良い。
仲間の誰も彼もが一癖も二癖もある者ばかりだが、それでも結局、彼らを繋いでいるのはハクだ。
ハクの狡賢さに、人柄に、惹かれている自覚はあった。
恐らく、仲間みんなが彼の同じ部分に惹かれているわけではないだろうが。
それから少し考えて、この一味を違和感無く「仲間」と呼ぶ自分に思わず笑みが溢れた。
悲願である御家再興が叶うまでに、こんなに居心地の良い「家」が手に入るとは思わなかった。
先ほど、自分がされたように、眠っている姉の髪を優しく撫でる。
姉の表情が気持ちよさそうに緩むのを見て、できることなら、今度は失いたくないとオウギは思った。
了
アニメ15話でオウギくんが「うち」って言ったのがすごいグワーッてなったので勢いで書きました
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