高畑 勲『君が戦争を欲しないならば』
今月金曜ロードショーで火垂るの墓が放映されるので読んだ。
>『火垂るの墓』という、日本では単純に「反戦もの」とされる映画に対して、海外では、これだけ複雑な反応がありうるのです。
>もう一度言いますが、戦争末期の負け戦の果てに、自分たちが受けた悲惨な体験を語っても、これから突入していくかもしれない戦争を防止することにはならないだろうと私は思います。やはり、もっと学ばなければならないのは、そうなる前のこと、どうして戦争を始めてしまったのか、であり、どうしたら始めないで済むのか、そしていったん始まってしまったあと、為政者は、国民は、いったいどう振る舞ったのか、なのではないでしょうか。
「火垂るの墓は監督が反戦映画ではないと否定している(ので反戦映画ではない)」という話に対して「そうそう、反戦とか政治的な話ではなくてあくまでもヒューマンドラマなんだよね」みたいな意見をたまに目にするんだけど、監督の言葉の前後を詳しく知るとめちゃくちゃ政治的だし(本人の意識はともかく)火垂るの墓は間違いなく反戦映画だと思った。
>こんな戦争やったって無駄だし、ダメだし、やるべきではないと言っていた人でも、あるいは「負ける」と思っている人でも、いったん国が戦争に踏み切ってしまったら、それまでの主張は無になるんです。
〈中略〉
>「空気を読む」という言葉がありますね。いま若い人がよく使いますが、それが私には驚きというか、がっかりというか。昔となんにも変わっていないじゃないか、と思いました。新しい言葉でもなんでもない。この「空気を読め」ということは、「場違いなことをするな、言うな」ということです。だからたとえば、みんなが戦争に流されている時に、「これはおかしいんじゃないか」と言わない、ということなんですよ。
空気の話はアニメガッチャマンクラウズインサイトを思い出しました。
「俺はこれと似た雰囲気を前に感じたことがある――戦争だ」
「〝国のために立ち上がれ〟、〝敵を殺せ〟、いつの間にかそんな『空気』に支配されていた。みんなその『空気』に流されて、気づけば取り返しがつかなくなっていた。俺も、弟も」
「この世で最も恐ろしいもの、それは『空気』だ。それがいつ作られたのか、今となってはまるで覚えとらん。それは少しずつ、しかし確実に出来上がっていった。〝国のため、平和のため、生活を守るため、みんなで一つになって頑張ろう〟」
(ガッチャマンクラウズインサイト10話より)
ヒーローを描くにあたって選挙と反戦をやるの真面目だ…。閑話休題。
戦時中、自らの意思で勇ましい作品を作っていた人達の話とかも出てくる。
私はそうなるのが一番怖いので、言える内に戦争反対と言っていくしかないと思ってるし、みんなも変な奴らに騙されて流されて明らかにおかしな空気を読んだりしないでほしい。
>〈前略〉日本の場合、反対勢力というものを一掃しようとするんですね。〈中略〉最終的に「空気を読」ませて全員一致に持ち込むんです。どうしてもダメな場合は、村八分です。反対派を追い出して、いないことにするわけです。いなければ全員一致になる。
>私たちは、本当の民主主義、本当の議論というものを身につけるように頑張らなくてはいけないと思いますし、難民問題への対応など、国際社会の一員として、自分たち以外の人々、仲間内とはいえない人々、異質な宗教や習慣で生きている人々とうまく付き合っていくためにも、私たちの体質改善が絶対必要の急務です。
よく「嫌ならやめろ」とか「文句を言うならここから出ていけ」とか言う人がどこにでも、本当にどこにでもいるけど、これマジで良くないよなーーーー!!と改めて思った。
君が戦争を欲しないならば (岩波ブックレット) Kindle版
※コメントは最大10000文字、5回まで送信できます