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稲田 豊史 著『映画を早送りで観る人たち〜ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形〜』
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「そうかな……?」と思う部分もあったけど、概ね「なるほどな〜…!」と思う内容で興味深くて面白かった。作品への触れ方は時代やその人の生活スタイルや性質なんかに合わせられるよう多様なほうが良いと私も思ってるんですけど(本の中でもそういう話をしている)、倍速視聴でもかじりつかなきゃ話題に乗り遅れてしまうという不安を抱えてる今の若者の大変さを思うとちょっとしんどい。あと失われた30年の影響がここにもあるのかとか。

作品を体系的に観ることをしないのは今どきの若者だけでなく、中年になった自分もそうだな〜。
昔は気に入った作品の作者は調べられるだけ調べて過去作や次回作にも注目したり、漫画だったら同じ掲載誌の作品も一緒にチェックするかんじだったけど、今は作品は作品単体だけで楽しんで終わらせてしまう。
作品も情報も溢れてるから、ネットの無い時代のような入れ込み方をするのは逆に難しい。

自分が年を取って衰えてきたからそういう深堀りが出来なくなったのかなとも思ってたけど、可処分時間は減ってるのにコンテンツで溢れかえってる今の時代に昔の「マニア」みたいな掘り方するのは難しいよなあ…。

推し活とか、「良い感想だけを言い合う」ことばかり重視して、評論や批評に対する忌避感が強いというのも様々なファンダムで死ぬほどよく目にする光景だ。
ポジティブなことしか認め合えない環境で、たまにネガティブなことを言われたりすると異様なまでに傷ついたり攻撃的になるのはむしろ多様な他者の意見を認めて個性を尊重し合うのとは真逆の「不寛容」な姿勢なのでは?という話は確かにそうだよな〜と思ってしまった。

ただ最近、桜庭一樹先生の『読まれる覚悟』 を読んで、当たり前だけど批評とかも社会や時代から逃れることは出来ないわけだから、より良くあろうとする人達の頑張りによって少しずつアップデートしている部分もあるんだなということを改めて知ったばかりなので、今後もし「オタク」に揺り戻し的なことが起こった場合、心酔して熱狂するばかりの推し活ムーブメントが批評的な精神と融合していくケースもあったら面白そうだな〜と思った。