覚書@てがろぐ

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フィクションの非実在キャラクターの人権やモラルを守ろうとする(ポーズを取る)時に、現実に存在する人間の生活や人生を踏みつけるような物言いをする人がわりといるのも気になる。

フィクション作品の良くない描写に対して「こんなのはおかしい」「間違ってる」「異常だ」とか言う時に、現実で似たような状態にある人がいるかもしれないことを想像して安易に踏みつけないよう気をつけたいという話。

明らかな犯罪行為とかなら話は別だけど、現実の人間関係とかってマジでマジでマジで完璧な正しさとか白黒だけでは判断出来ないのにさぁ………。




BLピューリタン、伝わりやすいけどすごい名前だ…。

インターネットにいる一部の害悪オタク(蔑称)はすぐ「PTAのババア」とか「(年を取って男に相手にされなくなった)フェミ」が表現を規制する!みたいなこと言うけど、今回の中村くんの騒動で色々見てると海外の若者にBLピューリタンぽいかんじの人が増えてるらしい…?コロナ禍で初めて日本のコンテンツに触れた「にわかオタク」は、昔からのオタクが「あーね…」で流してた日本の良くない表現も、潔癖な価値観から許せなかったりするのかな。

いやでもこれも「若者の右傾化」ぐらいの話な気がするな。


「BLはファンタジー」と言いたくなる場面はいくつかあるけど、そのうちの1つはお仕事コスチュームものAVの衣装が現実の制服と似すぎてると現実の人にかかる迷惑がより大きくなりそうだからあんまり寄せないほうがいいんじゃないか…?て思うのと近い時がある(?)

現実に存在するマイノリティ表象を取り扱うことの危うさはあるからそういう意味での批判は免れないものの、同じような問題を孕んだ少女漫画や少年漫画やトレンディドラマでは出てこないような批判がBLにだけ噴出するのってやっぱ不均衡だとも思う。


私は倫理観の無い作品やいわゆる男性向けエロコンテンツも普通に好きで勿論エッチなBLも大好きだけど、それらを大通りで開陳して未成年者や興味のない人や嫌悪感持ってる人達に見せびらかしたい気持ちって全然無いし、たとえ持っていたとしてもそれを表に出すのは人として社会をやる上でちゃんと我慢したほうがいいと思う…。

かといって全年齢描写BLを「同性愛だから」という理由で隠そうとする(そして同じように隠さない人のことを攻撃する)奴らのことも大嫌いだし、それはそれとしてがっつりエロ描写のある商業BLは上手いかんじにゾーニングされてほしいとずっと言っている…🤒

この「上手いかんじのゾーニング」って難しいよなぁ………BLに限らずゾーニングされてないTL(ティーンズラブ)や「普通の」青年誌やレディコミとかでもエロ描写の出てくる作品はめちゃくちゃ沢山あるんだから、ゾーニングするなら全部やったほうがいいんじゃないかなあと思うし、でもそれってすごく大変そうだし、だからといってBLだけというのもモヤモヤするじゃん…それはもはや差別では…?てなるし……。

エロ、特に女性を性的ないし支配的に眼差すコンテンツに対してすごく厳しいフェミニストの人がいるのは事実だし、現実とフィクションは相互に影響を与えあっているものだから倫理的によろしくないコンテンツを愛好する人はものすごく慎重にならなきゃいけない部分もあるけど、個人的には二次元フィクションに登場する非実在キャラクターを脳内や紙(モニター)の上で欲望して眼差したりするのはそこまで駄目じゃないだろ派なんだよな。

だからこそ、そういった欲望を大通りで見せたがらないでくれ……!!!!の気持ちが強い。

(過去ポスト)



カラオケとかファミレス、私はめちゃめちゃ好きなんだけど、物語表現の「正しさのみ」を評価の軸にしている人達には批判されるだろうな〜という部分があるのはかなりわかるというか、実際ウームてなるところがあるにはあるし、そこらへんはちょっと慎重に扱うべきなんだけど、いうて二次元フィクション作品の非実在キャラクターだしまあ……という気持ちで楽しんだ(良くないオタク)(実写は三次元なのでヒヤヒヤした)



「二次元フィクション作品の未成年キャラクターを性的な目で見るな」みたいなの私はエ〜!?(いいじゃん)てなる…… そんなこと言ったらテニプリとか忍たまの恋愛的夢創作だって難しくなるじゃん まあ「やるな」という話なのかもしれないけど。

官能小説なんかオッサンが娘ほど年の離れた若い女(女子大生とか)と爛れたプレイしてるようなやつが普通に全年齢で流通してるのに(それはそれでどうかと思うけど)

あんまり過激なBL作品は可能であればゾーニングしてほしいとずっと思ってるけど、それをやるならエロ表現のある青年漫画や少年漫画やレディースコミックや官能小説やライトノベルが普通に本屋に並んでるのももっとちゃんと問題にするべきなんじゃないか???と思う。




東アジアの作者が西洋人の道徳的いじめに対して反撃する第一歩は、近親相姦をたくさん描いて外人をイライラ死させることだ。

私はフィクションの近親カプ(兄弟、弟兄、弟姉、甥叔父、叔父甥など)が好き。
場合によっては父と息子も好き。

だからフィクションの義理すらアカンということになるのはかなり厳しいと感じる。松のオタクとか大変そうだ…。刀剣乱舞もか…。

自分の子孫と恋人になるうたわれって近親カプ禁止圏だと完全アウトだよな。

フィクションの実姉ものが好きなので、実姉と書くと規制されるため仕方なく義姉設定になっているらしい作品も薄目で実姉ものとして見ている。



インモラルなフィクションを(慎重に)愛好しながら現実の差別や虐待に反対していくことは可能だと思うし、正しくて倫理的なフィクションだけを愛好していれば現実に虐げられている存在が守れるというものでもないと思う。

社会に向けて発信する以上フィクションやエンタメにも責任はあるのでここは慎重にやっていく必要があるんだけど、たとえば子どもを性的に虐待していた親がみんなフィクションの影響だけを受けて犯行に及ぶわけではないという点も重要なので、だからこそ包括的な性教育とか人権教育(あと福祉)が必要になってくるんじゃないかな〜と思っている。